大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 昭和37年(つ)2号 判決

請求者 全国自動車交通労働組合石川地方連合会石川交通労働組合 執行委員長 北川栄一 外一名

決  定

(審判請求者等氏名略)

右請求者等の請求にかかる刑事訴訟法第二六二条に基く付審判請求事件について当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件請求を棄却する。

理由

本件審判請求の要旨は、請求者等は昭和三七年六月九日金沢地方検察庁に対し被疑者山崎金之介を次の事実について特別公務員職権濫用被疑者として告訴、告発した。即ち、

被疑者は金沢地方検察庁次度検事として検察の職務を行うものであるところ、予てから部下検事等を指揮して捜査させていた審判請求者高本常次に対する暴力行為等処罰ニ関スル法律違反等被疑事件に関し、昭和三七年六月五日金沢簡易裁判所に対し、部下検事をして右高本の勾留を請求させたが、該勾留請求は同日午後二時三〇分頃同裁判所裁判官塚本一夫から却下され、その頃その旨の告知を受けたのであるから、直ちに右高本の留置を解いてこれを釈放すべき職務上の責務があつたにも拘らずこれを怠り、その職権を濫用して同日午後五時四〇分頃金沢地方裁判所から前記勾留請求却下の裁判の執行を停止する旨の決定が発せられた時迄約三時間余、右高本を同検察庁拘置室に拘禁したまま放置して不法に監禁したものである。

ところが、右事件の捜査に当つた金沢地方検察庁検察官事務取扱検事高橋雅男は昭和三七年八月一八日付でこれを不起訴処分に付し、請求者等は同月二二日その旨の通知を受けたが、右処分には不服であるから右事件を裁判所の審判に付されたく本件請求に及んだものである。

というにある。

よつて按ずるに、本件記録によれば、被疑者山崎金之介は審判請求者等主張のとおりの公務員であること、審判請求者高本常次に対する暴力行為等処罰ニ関スル法律違反等被疑事件についての勾留請求は昭和三七年六月五日午後二時三〇分頃金沢簡易裁判所裁判官塚本一夫から却下されその頃その旨の告知を受けたこと、被疑者としては右却下の裁判に不服であつたので、直ちにこれに対し準抗告及び執行停止の申立に及ぶべくその手続履践に着手し、同日午後三時四〇分頃金沢地方裁判所に対して勾留請求却下の裁判に対する準抗告及び該裁判の執行停止の申立書をそれぞれ提出したこと、その結果同日午後五時四〇分頃準抗告裁判所において右勾留請求却下の裁判に対する執行停止決定がなされ、その頃右決定書の謄本を受領したものであるが、右停止決定がなされるまでの間審判請求者高本を金沢地方検察庁の拘置室に拘禁していたものであることをそれぞれ認めることができる。

ところで、憲法及び刑事訴訟法は人権の保障を完全ならしめるため、被疑者の身柄の拘束についてはその開始に当り逮捕状を要求すると共に、逮捕状による身柄の拘束期間は司法警察員のもとにおいて四八時間、検察官のもとにおいて二四時間、合計七二時間を超えてはならないものとし、検察官において右制限時間内に被疑者に対し勾留の請求又は公訴の提起をしないときは直ちに被疑者を釈放しなければならない旨を定め、更に検察官から勾留の請求を受けた裁判官は速かに勾留請求についての審査判断をしなければならない旨を規定している。右諸規定から考えると、逮捕状本来の効力による被疑者の拘禁は検察官において被疑者に対し勾留請求をなす迄の間のものに限られ、その後の拘禁は形式的には逮捕状に基くものであつても、その本質は裁判官が勾留請求に対する審査判断をなすために、それまでの間に限り認められた暫定的な拘禁であり、したがつて勾留請求の審査判断を終つて、裁判官がいずれかの判断を示した以上、勾留状が発せられた場合であると勾留請求が却下された場合であるとを問わず逮捕状に基く拘禁の効力は直ちに完全かつ確定的に消滅するものと解すべきである。そして、勾留状が発せられた場合には以後それにより被疑者の拘禁を継続しうることは勿論であるが、勾留請求が却下された場合には最早やその後においては被疑者を拘禁しておく根拠となるべき何物も存在しなくなるのであるから、勾留請求却下の裁判の告知を受けた検察官は右裁判に不服であつても直ちに被疑者を釈放すべき責務を負うに至るものといわざるをえない。したがつて、審判請求者高本常次に対する勾留請求が却下された後においても、引続き同人の拘禁を継続した被疑者の所為は、右責務に違背した違法なものといわざるをえない。

しかし、本件記録によれば、被疑者山崎金之介としては刑事訴訟法第四三二条が同法第四二四条を準用しているところから、勾留請求却下の裁判に対して準抗告がなされた場合には右裁判に対する執行停止をなしうるところであり、執行停止がなしうる以上、準抗告及び執行停止を実効あらしめるためこれに対する裁判所の判断がなされる迄の合理的な必要時間内は、勾留請求が却下された後においてもなお被疑者の身柄の拘禁を継続しうるとの見解を抱き、右見解に基き自己の当然な職責と考えて審判請求者高本の拘禁を継続したものであることが認められる。そして従来も検察官において勾留請求却下の裁判に対し準抗告及び執行停止の申立をなす場合の身柄の取扱は、右の見解に基いて当該被疑者を拘禁したままとするのが一般的であつたことが当裁判所に職務上顕著である。右事実によれば、被疑者において勾留請求却下後も審判請求者高本の拘禁を継続しうるものと誤信したことには相当の理由があるものというべきであるから、右のような場合には犯意の成立が阻却されるものと解するのが相当であり、したがつて被疑者の本件所為をもつて職権濫用罪を構成するものということはできない。

以上のとおり、勾留請求却下後においてこれを知りながら審判請求者高本の拘禁を継続した被疑者の所為は違法なものといわざるをえないが、これについて被疑者に職権濫用の責を問いえないことも前述のとおりであつて、結局本件について検察官のなした不起訴処分は正当であり、本件審判請求は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第二六六条第一号により主文のとり決定する。

(裁判官 山田正武 浅香恒久 高沢嘉昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例